ラグジュアリー古着のリセールプラットフォームVestiaire Collectiveがカーボンクレジット販売を開始。循環型ファッションの革新となるか
循環リテールの最前線

【記事要約】
・カーボンクレジット販売という新たな試み: ファッション再販プラットフォームVestiaire Collectiveが、中古品購入による「排出回避」をカーボンクレジットとして証券化し販売を開始。消費者の購買選択そのものを環境価値として金融資産化する、業界初の画期的な取り組みとなる。
・革新性と課題の両義性: サーキュラーファッションに金融的インセンティブを与える点で革新的である一方、「新品を買わなかった」という仮定に依存する方法論の脆弱性、グリーンウォッシングのリスク、二重計上の懸念など、多くの課題も指摘されている。一方で、課題を乗り越え成功すれば、サステナビリティは企業の責任から消費者との共創へと転換する可能性がある。
・日本での現実的な道筋: グローバルな正式市場での流通ではなく、メルカリなど国内プラットフォーム独自のポイント制度として環境価値を可視化する方法が、より実現可能性の高い選択肢として考えられる。J-クレジット制度との整合性や透明性の担保が今後の課題となる。
はじめに
ファッション再販プラットフォームVestiaire Collective(ヴェスティエール・コレクティブ)が、サーキュラーエコノミーの次なるステップとしてカーボンクレジットの販売を開始しました。サーキュラーファッションを環境配慮の手段から取引可能な金融資産へと転換する画期的な試みとして、注目を集めています。
業界の反応は賛否両論で、循環性の価値を定量化する試みと評価する声がある一方、グリーンウォッシングではないかとの懸念や、脆弱なカーボン市場をさらに複雑化させるリスクへの批判も上がっています。
消費者の選択を金融資産に変える新スキーム

Vestiaire Collectiveは、2009年にフランス・パリで設立された高級ファッションの再販プラットフォームです。世界100カ国以上で展開し、ChanelやLouis Vuittonなどのラグジュアリーブランドを中心に、年間数百万点の中古アイテムが取引されています。
同社は、今年、「中古購入が新品生産を代替することでCO₂排出を回避できる」とし、その回避分をクレジット化して販売する仕組みを導入しました。同社CIOのドゥーニャ・ウォーン氏は「循環経済が勝つには金融的インセンティブが必要」と語り、環境価値を市場で可視化する意図を明確にしています。
クレジットは、脱炭素コンサルティング企業Inukが開発した算定手法に基づき、第三者認証機関AmSpecが検証します。1トンあたり34ユーロで販売され、初年度は55,000トン分を発行予定。これはフランス2,500人分の年間排出量に相当する量となります。
算定モデルは4年間の研究と測定データを元に構築されており、前提として、代替率85%(中古が新品を置き換える割合)、リバウンド効果12%(中古品の売却資金による消費者の追加消費)を仮定し、中古品の寿命を新品の90%と想定しています。
クレジット販売による利益は、Vestiaire Collectiveのキュレーション強化やインパクトマーケティング、教育活動などに再投資され、循環型経済の成長を自己強化する構造を狙っています。CFOのバーナード・オスタ氏は「循環型経済の環境便益を定量化・貨幣化することで、新たな気候アクションの基準を築く」と述べています。
革新性とリスクの両義性
この取り組みは、サーキュラーファッションを「金融化」することで、再販行動そのものを気候価値として評価可能にした点で画期的ですが、同時にいくつかの課題も残ります。
まず方法論の課題として、「新品を買わなかった場合」という仮定に依存することが挙げられます。このような仮定のケースにインパクト算出が左右される場合、代替率やリバウンド効果などの前提条件の妥当性が重要となりますが、検証を重ねてもあくまで仮定である事実は残ります。
また二重計上と整合性の問題もあります。ブランドとリセール企業が同一削減効果を主張する可能性があり、全体の削減量が過大評価される恐れがあるため、国際的なカーボン市場との整合が不可欠となります。
さらに、今回の算定モデルにはプラットフォーム運営に伴う配送・IT・オフィス活動の排出は算入されておらず、LCA(ライフサイクル評価)としての網羅性に課題を残しています。
そして今回の取り組みで最大の課題として指摘されているのが、グリーンウォッシュの懸念です。「排出回避」をクレジット化する試みは、大気中のCO₂を除去する「炭素除去」とは異なり、あくまで「発生しなかった排出」を成果と捉える仕組みです。実際にCO2を除去したわけではないのに、環境保全に寄与したと誤解を与え、企業イメージの向上のためだけのグリーンウオッシュと捉えられる取り組みになっていないか、批判の声も上がっています。
排出回避(avoidance)をクレジット化する試みは、アパレル以外の産業でも議論されてきました。金属・プラスチック産業では、スクラップなどのEOL(End-of-Life)素材を生産過程に再投入することで、バージン原料の投下を減少させる取り組みが「回避排出」として評価されています。同様に、企業が再生可能エネルギーを購入した証明として発行される再生可能エネルギー証書(REC)も、化石燃料由来電力の使用を「回避」したとみなす仕組みです。
しかし、これらの手法には共通して「本当にその消費が代替されたのか」という検証の難しさが付きまといます。Vestiaire Collectiveの試みも、こうした産業横断的な課題の延長線上にあります。
ファッション業界のCO2排出削減への取り組みの潮流における位置付け
2019年にGucciが「完全にカーボンニュートラル」を宣言して以降、Saint Laurent、Balenciaga、Reformation、Allbirdsなど多くのファッションブランドが「カーボンオフセット」の仕組みを活用してカーボンニュートラルやネットゼロを主張してきました。これらは主に、自社のサプライチェーン排出を第三者のプロジェクト(森林保全、再生可能エネルギーなど)への投資で相殺する手法です。
しかし、こうしたオフセット主張の多くが「実際の排出削減を伴わない帳尻合わせ」として批判を受け、近年は方針を見直す動きが広がっています。これらの批判も相まって、BloombergNEFによると、カーボンクレジット市場価値は2022年から2024年の間に60%以上下落し、業界全体が信頼性危機に直面しています。
ファッション業界では、これらのオフセット批判を受け、Gucciなどのブランドが実際の排出削減にシフトしてきました。屋上ソーラーパネルの設置、電力会社とのグリーンエネルギー契約など、製造・物流プロセスでの再生可能エネルギーへの移行が各企業単位で進んでいます。
原材料レベルでの取り組みも進んでいます。オーガニックコットンやリサイクルポリエステルなど低環境負荷素材への切り替え、染色工程での水使用量削減や化学物質の管理強化、輸送における航空便から船便へのモーダルシフトなど、バリューチェーン全体での排出削減が図られています。
これらの取り組みはいずれも「自社の製造・物流プロセスをどう改善するか」「第三者のプロジェクトに投資して相殺するか」という「作る側」「売る側」の視点からのアプローチでした。
Vestiaireが提示した「消費者行動そのものの価値化×排出回避クレジット」という概念

従来のブランド主導の取り組みが「どう作るか」「どう運ぶか」に焦点を当てていたのに対し、Vestiaire Collectiveのカーボンクレジットは消費者が中古品を買うという「選択」そのものを環境価値として証券化する点で革新的です。クレジット販売は、再販プラットフォームの収益源を多角化し、環境価値を直接的な経済的利益に転換する新しい試みでもあります。
一方で、上記のように「排出回避」のクレジット化という仕組み自体は、ファッション業界では新しいですが、他産業では既に議論が存在する概念です。代替率の設定、リバウンド効果の扱い、システム境界の設定など、方法論上の課題は産業を超えて存在し、今回の試みも、こうした構造的な課題からは逃れられません。
それでも、この取り組みには長期的な意義があります。仮に実際の削減量が正確に測定できなくても、二次流通の消費を促し、絶えない新品の消費による大量生産・大量消費の仕組みを変えていくインセンティブの流れを生み出すことができれば、消費者行動にサステナビリティへの金融的動機を与えたという点で、価値は認められるでしょう。
成功すれば、ThredUpなど他のリセール企業やファッションブランドが同様のスキームを導入する可能性が高いです。「回避排出のクレジット化」が業界標準となれば、ファッションのサステナビリティは、企業の責任としての倫理的課題から、消費者の選択を通じて経済的価値を生み出す構造へと転換していく可能性を秘めています。
日本への含意
日本では「J-クレジット制度」が、温室効果ガス排出削減・吸収量を国が認証する制度として運用されています。省エネ設備導入、再エネ利用、森林管理などが認証対象となります。J-クレジットを取引対象としたカーボン・クレジット市場も2023年に開設され、企業のオフセット需要に応えるインフラ整備が始動しています。
国内ではメルカリやラクマなどのリユース市場が成熟しており、日本版スキームの実現も現実的です。一方で、J-クレジットには今回のような「排出回避によるクレジット」の仕組みは存在しません。今後、Vestiaire Collectiveのような試みを実現しようとする場合は、枠組みとの整合性や透明性の担保、需要喚起などの検討がハードルとなると思われます。
革新か、グリーンウォッシングか、それとも第三の道か
Vestiaire Collectiveの挑戦は、サーキュラー経済の価値を金融的に可視化する初の試みであり、気候アクションにおける新しい実験として注目に値します。
ただし、グローバルなカーボン市場において、排出回避クレジットは依然として信頼性の課題を抱えており、基本的には「グリーンウォッシング」として見られるリスクが高いです。この試みが真に革新的なものとなるには、透明性の高い方法論と継続的な第三者検証が不可欠と言えます。
一方で、消費者行動の変容という観点に着目し、グローバルな正式市場での流通を目指すのではなく、限定的なプラットフォーム内での活用という現実的な道筋も考えられます。
例えば、ヤフーオークションやメルカリといったプラットフォーム内で、独自のクーポンやポイント制度として環境価値を可視化し、消費者のサーキュラー行動を促進する仕組みであれば、より実現可能性が高いです。プラットフォーム内でのインセンティブ設計により、サステナビリティへの機運を高めながら、グローバル市場の複雑な規制や検証要件を回避できる可能性があります。
従来のサプライチェーン中心のアプローチから、消費者の購買行動そのものを環境価値として評価する転換は、サステナビリティの責任を企業と消費者が共有する新しいモデルの可能性を示しています。この試みが真に革新的なものとなるか、新たな形のグリーンウォッシングとなるかは、今後の透明性と継続的な検証にかかっています。
参考記事:
• Vestiaire Collective: Impact Report 2025
• Trellis: Luxury Secondhand Platform Vestiaire Collective Launches Carbon Credits
• The Sustainable Fashion Forum: Vestiaire Collective Is Selling Carbon Credits (Yes, Really)

