一年後に迫る「衣類廃棄禁止」──EU規制がもたらす変革と日本アパレルの未来
循環する未来

[記事要約]
EUのESPRと来年から適用される「衣類廃棄禁止」:EUの「エコデザイン規則(ESPR)」は製品の持続可能性を高める包括的枠組みであり、その一環として2026年から「売れ残り衣類の廃棄禁止」が大手アパレル企業に適用される。これはビジネスモデルの転換を迫る重大な転換点である。
日本への波及と企業への影響:過去の事例同様、数年遅れで日本にも規制の波が及ぶ可能性が高い。来年の規制適用がまず欧州に展開する大手企業に直撃し、在庫管理やリユース・リサイクル体制の強化が不可欠となる。長期的に日本の法規制が国際水準に合わせて施行されれば、中小企業も透明性の確保や循環対応を迫られる見通し。
課題とチャンスの両面:事業者にとって、在庫削減や循環インフラの整備は大きな課題だが、AI・データを活用した需要予測や小ロット生産、リセール市場への参入などは新たな成長機会ともなり得る。規制は義務であると同時に、日本がサーキュラーエコノミー先進国へ進む契機ともなる。
はじめに
EUで来年から適用が始まる、「エコデザイン規則(ESPR)」。EU市場に投入される製品をより持続可能にするための包括的な枠組みとして打ち出されたもので、数ある製品群の中でも環境負荷の大きい繊維・アパレル業界は特に重点分野とされています。
新規則の施行を目前に控え、EUを中心に世界中のアパレル企業が対応を進めており、日本にも今後その影響が波及することが予想されます。本記事では、ESPRの中でも「衣類廃棄禁止」の規則に焦点を当て、日本のアパレル業界に与える影響を考察します。
「売れ残りは破壊しない」──EUが打ち出した強いメッセージ

ESPRでは、食品などを除くEU市場内のほぼ全ての製品群に関して、製品の耐久性や信頼性、リサイクル材の含有量、環境フットプリントなど16項目に及ぶ設計要件を定めています。さらに情報開示の仕組みとして、デジタル製品パスポート(DPP)という製品の関連情報の記録を義務付けました。エコデザイン規則や識別番号を記録することで、製品のトレーサビリティが上がり、サプライチェーンの透明化が期待されます。2024年7月に発効したESPRは、2025年に具体的な法律が整備され、2026年以降に段階的に適用が始まります。
ESPRの一環として盛り込まれたのが「売れ残り製品の廃棄禁止」です。特に繊維製品に関しては、EU市場の繊維製品のうち4〜9%が一度も着用されないまま廃棄されているという深刻な実態を背景に、重点規則として他の分野に先駆けて適用が開始される予定です。これによって、2026年7月19日以降、大企業は売れ残ったアパレル、衣料品付属品、履物を破壊できなくなります。廃棄せざるを得ない場合には、その量や理由、回避のための取り組みを毎年自社サイトで公表しなければなりません。ただし中規模企業には6年の猶予が与えられ、小規模事業者は適用除外とされています。
この規則は、従来の供給過剰モデルに慣れていた企業や、在庫破壊に売れ残り対応を頼っていた企業にとっては、構造的な変化を迫るものとなります。大量生産モデルのファストファッション業界などでは特にビジネスモデルの変革が求められており、重大な転換点となります。
最新動向として、破壊禁止が過度に厳格にならないよう、例外規定案の検討も進められています。事業者からの意見も募った上で、破壊が正当化される具体的なケースを明確化し、来年までに最終案が採択されます。禁止措置の適用が1年以内に迫る中、急ピッチで対応が進められています。
厳しく定められるESPRの規則や禁止措置ですが、違反した場合はどうなるのでしょうか。現在、ESPR自体は枠組みとして設定されているため、統一的な罰則規定は設けられておらず、各加盟国が「効果的で抑止力のある罰則」を国内法に組み込むことが義務付けられています。具体的な罰則はいずれの国でも公表されていませんが、罰金や公的調達からの排除、場合によっては刑事罰なども想定されています。
日本に広がるのは数年後。EU規制の波及はこれまでも起きてきた
日本にとって、この規制は決して“対岸の火事”ではありません。EUの法規制はこれまでも数年遅れて日本に波及してきた例が数多く、ESPRも同様となると考えられます。
例えば2007年にEUで施行された化学物質規制「REACH」は、製品中の有害化学物質を管理する目的で発行されましたが、それを受けて日本でも2010年に「REACH」を意識した「化学物質審査規制法」の改正が行われました。また2019年にEUが導入した「使い捨てプラスチック削減指令(SUPD)」は、日本の「プラスチック資源循環促進法」(2022年施行)につながっています。さらにEUが起点となって廃プラスチック輸出の規制を強化した結果、日本は大量に輸出していた廃プラスチックの行き場を失い、国内処理やリサイクル強化を迫られました。EUが生み出す国際潮流を後追いする形で、日本では世界水準を意識した法改正や対応が進んできています。
こうした流れを踏まえると、衣類廃棄禁止についても2026年以降、数年のタイムラグを経て日本で同様の議論が高まる可能性は高いといえます。長期的には、EU基準が国際基準化し、日本国内での売れ残り在庫廃棄も難しくなる未来が見えてきます。
直撃を受けるのは。最初に動くのは大手、追随するのは中小
国内で影響を最初に受けるのは、欧州市場に輸出や店舗展開をしている大手アパレル企業です。ESPR全体に関していえば、エコデザイン要件を満たすための製品設計の見直し、DPPへの対応として製品の情報の透明化は避けて通れません。売れ残り在庫の破壊禁止については、EU域内の直営店やECで売れ残った商品も破棄できないため、ディスカウントでの売り切りや越境ECでの販売、また寄付やリユース、リサイクルといった代替ルートの確保が必要になります。
一方、欧州市場にさらされていない多くの中小規模企業には、当面は直接的な影響は少ないと考えられます。しかし、長い目で見れば「自社の在庫がどこで誰の手に渡ったのか」を説明できる体制が求められるでしょう。国としての法規制が進めば、いずれは中小企業も同じロジックに沿った対応を迫られる可能性が高いと考えられます。
我々は何をすべきか──課題とチャンスの両面から

「売れ残り商品の破壊禁止」が近い未来に迫る中、事業者に突きつけられるのは、サプライチェーン全体の見直しという大きな課題です。製品のライフサイクルを通じて、まずは生産前に「作りすぎない」こと、次に販売・流通で「売り切る」こと、そして売れ残った場合には「循環させる」ことまで、一連の仕組みを刷新する必要があります。
生産段階では、AIやデータを活用した需要予測をはじめ、小ロット生産やオンデマンド生産、受注生産の拡大が有効です。販売・流通の段階では、ディスカウント施策の強化や越境ECによる販売チャネルの多様化が考えられます。そして、どうしても売れ残ってしまう商品は、寄付・リセール・リサイクルといった形で循環させることが不可欠です。
日本全体で見ると、国内のリセール・リユース・リサイクルといった循環インフラがまだ十分に整っていないことも大きなボトルネックです。EU域内では廃棄される繊維製品を減らすため、2025年から再利用やリサイクルに向けた分別回収制度の設置が加盟国に義務付けられています。フランスでは専用回収ボックスが歩道などに約4万6,000箇所設置されており、このような寄付やリサイクルの受け皿を国として確保することも課題となります。合わせて、リサイクル技術の推進や回収品の仕分けセンターの各自治体での設置、繊維リサイクル業者への補助金などの支援も取りうる対策として挙げられます。
一方で、この規制は大きなチャンスでもあります。デジタル技術を活用した在庫や需要管理の高度化はもちろん、リセールやリペア市場への新規参入によって新たな収益源を開拓する可能性も広がっています。さらに、余剰在庫を透明性の高い仕分けやトレーサビリティを備えた形で輸出できれば、日本が新しい「循環モデル」を主導することも夢ではありません。もちろん、ゴミの輸出とならないよう厳格な管理は不可欠ですが、アジア全体に資源循環の仕組みを築く構想も十分に考えられます。
こうした「国や地域単位の循環構想」とは別に、企業が独自に刷新を進めている先行事例もあります。例えばファーストリテイリングは、2017年以降「無駄なものを作らない、運ばない、売らない」を柱に据え、数量計画の精緻化やサプライチェーンのリードタイム短縮、店舗運営の効率化を進めることで、余剰在庫を大幅に削減してきました。さらに、服を長く着られるようにリペアサービスやリメイク、古着販売にも積極的に取り組んでいます。その成果として、2024年のサステナビリティ説明会では「ESPRによる売れ残り廃棄禁止規則の影響はほぼない」と表明しました。この8年、ファーストリテイリングは生産数の伸びを抑えつつ事業拡大とサステナビリティを両立しており、このようなビジネスモデルの徹底した変革は、規制対応にとどまらず、循環経済の実現へとつながる事例として挙げられます。
規制は脅威か、転機か。日本アパレルへの問いかけ
EUのESPRは、規制対応という義務の側面だけでなく、産業のあり方を根本から変える契機ともなります。従来の「売って終わり」のモデルから脱却し、在庫管理やリセール、リサイクルまで含めた循環型の仕組みを築けるかどうか。日本のアパレルは、今まさにその分岐点に立っています。
規制を“負担”として受け止めるのか、それとも“次の成長のチャンス”として活かすのか。答えを出すのは事業者一人ひとりの選択にかかっています。そして、その選択はやがて日本が「サーキュラーエコノミー先進国」へと歩みを進める力にもなっていくはずです。